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横浜地方裁判所 昭和39年(ワ)197号 判決

主文

被告は原告に対し金五、四四七、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年二月二〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の第一次的請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は原告において金一五〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

第一、双方の申立

一、原告

主文第一、第三項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決を求める。

第二、主張

一、請求の原因

(一)  第一次的請求の原因

(1) 原告は被告振出にかかる別紙目録記載の約束手形九通の所持人である。これを各満期に支払場所に呈示したが支払を得られなかつた、よつて原告は被告に対し右約束手形金合計五、四四七、〇〇〇円およびこれに対する右九通中の最終満期の翌日である昭和三六年二月二〇日以降完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

(2) 仮りに本件各約束手形が被告会社の社員訴外幸島干城より権限なくして作成交付されたものとしても、同人は被告会社の唯一人の男子従業員として、その営業である陶磁器等の商品の売買につき商品の仕入、販売、保管、手形授受等の広汎な事務を担当し、これらに関する代理権を与えられ、かつ本件手形の作成に使用した社印、取締役社長印等の使用を許されていたのであるから、本件約束手形の受取人である訴外久松昌子には前記幸島が被告会社代表取締役作成名義の本件手形の振出につき代理権ありと信ずべき正当の理由があつた。

(二)  予備的請求の原因

仮りに右手形金請求が失当であるとするならば、次の理由により前同額の損害の賠償を求める。

すなわち、本件約束手形九通は被告会社の使用人である前記幸島が被告会社において訴外久松昌子より後日仕入れる商品代金前渡のために、その使用を許されている社印、代表取締役印を使用して権限がないのにこれを作成振出し同人に交付したものであるから、その手形振出行為は被告会社の事業執行の範囲に属する。原告は、これらの手形を前記のように久松から裏書により割引取得したが、久松は無資産で手形裏書人の責任をはたすことが不可能であるから、結局原告は右幸島の不法な手形振出により、正当な手形であれば被告会社に請求できるはずの前記各手形金とこれに対する各支払期日以降年六分の割合の利息金債権を取得することができず、同額の損害を蒙つた。

よつて右幸島の使用者たる被告に対し右金額の範囲内で第一次的請求と同額の金員の賠償を求める。

二、被告の答弁

原告主張の第一次的請求の原因事実は否認する。本件手形はいずれも被告会社の元社員訴外幸島干城の偽造にかかるものであり、同訴外人は当時被告会社の社員ではあつたが、トラツクからの商品の積卸し、倉庫での荷積み、開函、箱造り、荷造り等の労務に従事していたに過ぎず、営業に関する代理権などは全く与えられていなかつた。本件各手形は訴外久松が被告会社と何ら商取引がないにもかかわらず、訴外幸島を誘惑して偽造交付させたものにすぎないから、右久松は前記幸島に手形振出の代理権ありと信ずべき正当な理由はない。

また、右幸島の本件手形振出行為は被告会社の事業の執行に付きなされたものでもないし、これと原告主張の損害発生との間には、訴外久松が介在し、因果関係がない。

第三、証拠関係(省略)

理由

一、第一次的請求原因について、

原告が本件各約束手形を訴外久松昌子から裏書譲渡を受けて所持すること、これを各満期またはこれに次ぐ二取引日内に支払場所に呈示したが支払を得られなかつたことは、甲第一ないし第六号証の各一、第七号証の一、二、第八号証の一の各約束手形とこれらの手形が原告の手許にある事実によつて明白である。

(一)  本件手形の振出は真正か

(1)  証人幸島干城(第一、二回)、同久松昌子(後記信用しない部分を除く)の各証言、被告代表者本人尋問の結果、甲第一ないし第八号証各証、第一二号証の二(いずれもその成立については後記のとおり幸島干城の作成したものと認める)乙第一号証(成立について争いがない)を総合すると次のように認められる。すなわち

訴外久松昌子は鎌倉陶苑の名で製陶業を営んでいたが資金難に苦しんでいた、そこで融通手形の割引により資金を得ようと考え、今後その製品の納入をするというので出入するようになつた被告会社において、その社員の訴外幸島干城に被告会社名義の融通手形の振出を依頼した。幸島は、久松が満期前に手形を買戻すという言葉を信頼してその依頼に応じた。昭和三五年二月頃には既にその様な手形が振出されていた。その後、既に割引かれた融通手形を決済するため、更に同様の融通手形の振出をくり返さなければならなくなつた。本件手形はそのような事情のもとに振出され、久松が金融業を営む原告に割引いてもらつたものである。そして本件手形の振出名義人である被告会社代表者名下に押捺されている印影は被告会社の取引銀行で、手形の支払場所になつている東京都民銀行銀座支店に届出てある当座取引用の印鑑によるものではなく、被告会社の店先に置いてあつた印鑑によるものであり、そのため本件手形が支払のため呈示された時、印鑑相違のため、はじめの四通は支払を拒絶された。久松は原告に本件手形の割引を依頼するにあたつて、それが融通手形でなく、原告の求める支払の確実な商業手形であると誤信させるため、幸島に依頼して、被告会社作成名義の架空の商品受取書をも作成させて、本件手形にそえて原告に交付した。被告会社代表者相川弥之助は本件手形のうち四通が取引銀行に振込まれた後の昭和三六年二月七日、銀行との当座取引を解約し、幸島を警察に告訴し、幸島は相川に伴われて警察に自首した。

(2)  右のように本件手形は幸島干城の作成したものと認められるが、幸島にそのような権限が与えられていたかどうかについてしらべてみるに、甲第一四号証(成立に争いがない)、第九ないし第一一号証中の富士銀行各支店作成部分(その方式および趣旨により真正に成立したと推認する)、証人久松昌子、幸島干城(第一、二回)の各証言によれば、訴外久松が被告会社に対し、昭和三五年一月一八日から同年一〇月一九日迄の間に前後一二回にわたり富士銀行日比谷支店の被告会社当座預金口座を通じ二二四万四〇〇円を送金している事実が明らかであつて、右幸島の証言、久松の証言の一部と原告代表者本人尋問の結果によれば、その送金はこれより前に幸島が久松に対し本件と同様被告会社代表取締役振出名義の額面合計三六〇万円以上の多数の融通手形を作成交付し久松より他に裏書譲渡されたもののうち、支払場所を富士銀行日比谷支店とし、かつ、久松において満期前に取戻をしなかつた手形の決済資金の送付であると認められ、これらの事実をあわせると反証がない限り、少なくとも幸島作成の額面合計二二四万四〇〇円の融通手形については、本件の各手形と違い、被告会社の取引銀行で被告会社の正当に振出した手形として右送金により支払をした事実も推認できる。しかし、この決済資金の送付受領や手形の支払につき被告会社代表者が関与した事実を認められる証拠がないので、右の事実だけでそれらの手形が被告代表者の承認した正当な手形と断ずるのは早計に失するうらみがあるし、まして、前記認定のように、本件手形は届出印鑑と異る印鑑を用いて作成されており、作成者の幸島においても権限のない手形作成の故にあえて刑事責任を認める不利益を甘受しようとしている事実があるので、さきに幸島作成の手形が決済せられたというだけでは本件手形の振出につき幸島に権限があるとみることはできない。証人久松は幸島に手形振出の権限があるもののように証言するが、到底信用できないものであり、他に右事実は認めるにたる証拠はなく、結局本件手形は権限なくして作成されたものと認めるほかはない。

(二)  表見代理の主張について

次に原告主張の表見代理の成否について検討すると、被告会社代表者本人尋問の結果によれば、代表者相川弥之助は前に久松から融通手形の振出を頼まれてこれを拒絶したことがある事実を認められ、この事実と前記のとおり、本件手形やその前に振出された多額の融通手形がすべて幸島の作成交付したもので、被告会社代表者がこれに関与した証左がないことなどからすれば、本件手形の受取人である久松は被告会社代表者の意思に反することを知りながら、幸島に手形の作成交付を依頼したものと認められる。すると、久松自身この手形振出に幸島が代理権を与えられていると信じたとは到底認められないので、右主張は採用しない。

(三)  以上のとおりであるから、約束手形金の支払を求める原告の第一次的請求は理由がない。

二、予備的請求原因について、

(一)  幸島干城の不法行為

まず幸島干城が被告会社の被用者であつたことは当事者間に争いがなく、同人が権限がないのに被告会社代表者振出名義の本件手形九通を作成し、これを久松昌子に交付し、久松はこれを真正なものと信ぜしめて原告に裏書譲渡し、割引金名下に原告から金員の交付を受けたことは前判示のとおりである。

(二)  原告の損害

本件手形が真正なものであれば原告は被告に対し請求の趣旨記載の金額の手形債権を取得すべきことは明らかであるから、それが権限なき者の作成であつたことにより右債権を取得することができず、原告は同額の損害を蒙つた、と認められる。このことは久松に対し割引名下に現実に交付した金額が右の金額よりは少なかつたとしても、かかわりがない。

被告は幸島の本件手形作成行為と原告の損害との間に因果関係がない旨主張するが、前記認定のとおり原告の本件手形債権の喪失による損害は幸島の不法な手形作成によつて発生したものであつて、因果関係がないとはいえない。

(三)  右幸島の不法行為は「事業の執行に付き」なされたものか。前記甲第一ないし第八号各証、証人幸島干城(第一、二回)の証言、被告代表者本人尋問の結果によると、被告会社は前記のように陶磁器等の売買を営業とする会社で、東京都千代田区有楽町一丁目一番地日活会館地下一階に店舗を同四階に倉庫をもち、従業員は当時社長と幸島のほか二名位の女子、計四名位で小規模の事業を営むものであり、幸島は主に右倉庫で商品の出納整理保管等の作業に従事し、殊に商品の納入をうける際などには、本件手形や、これに添付の商品受取書(甲第一ないし第八号各証)の作成に使用した社印、会社代表者の記名ゴム印、同代表取締役印を随時使用して押印することを許され、その他社長の命をうけて取引先に注文を出したり、社長作成の手形を他に交付したりする仕事に携つたこともあること、本件各手形の作成は常に同人が同所で勤務中に、製陶業を営み、その製品を被告会社に納入取引をするというので出入をしていた久松の依頼にもとづき、前記の社印、会社代表者記名ゴム印、代表取締役印を押捺してなしたもので、これを商業手形とみせかけるため、同時に作成し手形に添付した商品受取書は、幸島の日常作成する商品納入の際の受取書と性質を同じくするものであることが認められる。以上によれば、幸島は常に会社の手形振出に関与する義務をもつものではないが、被告会社のような従業員数の少ない小規模の営業に有勝なように、日常従事する主たる職務のほか、社長より命ぜられると手形の交付や商品の注文などまたはその他のどんな仕事にも携わる地位にあり、手形の作成交付自体に全く無縁の職務に従事するものということはできないのみならず、本件手形は被告会社の取引先たるべき久松のため会社より金融の便宜を与えんとし、これを自己の主たる職務である商品納入につき、その代金の支払手形に仮装したものであるから、行為の外観上は勿論、その内面の密接な関連性よりするも、幸島の本件手形の作成交付は被告会社の事業の執行につきなされたものと認めて何らの支障はない。

すると、民法第七一五条第一項本文により幸島の右行為によつて生じた損害を被告は使用者として賠償すべき義務があることは当然である。

(四)  結論

以上のとおりであるから、被告に対し金五、四四七、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年二月二〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払を求める原告の予備的請求は理由があるからこれを認容し、第一次的請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録

〈省略〉

以上

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